ごめんね③
2010年07月04日
ごめんね②の続きです。
この時点で相葉君は薄幸の少年と言ってもいいかもしれません。
幼い頃お父さんが亡くなって、
中学生になって意気揚々としていたら病気になって・・・
そのうえ、痔であることが口の悪い男子にばらされたのです。
「くそ!俺が何したっていうんだよ!」
この相葉君の言葉は私達に向けて言っているようであり、
神様・・・自分の運命を操る人間を超えた存在に向けて
叫んでいるようでもありました。
なのに、私はそれからもからんでくる相葉君をからかうのです。
さすがにもう病気持ちとは言えなくなりましたが、
代わりに「いぼぢ」「地主」とか言っていました。
そうしたら相葉君は憎まれ口をだんだん言わなくなります。
そのかわり黙ってジーッと見たり、
「あ・・・」と言って何か言いたげだったりします。
もちろん私にだけでなく数人の女子にしていました。
ある日私がノートに書いた詩を知らないうちに相葉君に読まれました。
「なかなかうまいこと書いてるじゃない」
「ふん、見ないでよ」
私は頭がカーッとなってノートを隠して
プイと横向くことしか出来ませんでした。
いつまでも顔がほてって胸がドキドキしていました。
そんな中、クラスで相葉君と潤子は付き合っていると噂が立ちます。
私はなんだか気になってしかたがなく、同じ掃除当番の潤子に聞きます。
しかし、ダイレクトには聞かずに
「ね・・・相葉君って潤子のこと好きだよ、きっと」
「授業中も潤子のことばかり見ていた」
と何気なく遠まわしに言いました。
そうしたら最初は笑ってごまかしていた潤子ですが
数日たって本当のこと教えてくれました。
やはり、付き合っているというのです。
二人は家が近所でした。
学校の帰りに潤子は相葉君の家に遊びに行っていました。
電話でもよく話をすると言っていました。
そして潤子に言われました。
「腎臓の病気になったとき、くやしくて泣いたそうなの。
もう身体のことでからかわないで」
「わかった・・・・」
私は約束しました。そして、
「相葉君が突然死んだら潤子、どうする?」
と聞きました。潤子は遠くを見て答えました。
「後追うことを試みるかも・・・」
潤子は真剣な顔で言い、私は少し驚きました。
この時代にそんな歌が流行っていたのです。
同世代のアイドル歌手山口百恵の「冬の色」です。
♪突然あなたが死んだりしたら私もすぐ後追うでしょう
15歳の恋愛は損得なく純粋なものだったようです。
付き合っている人もいなくて、ちょっと相葉君を好きだった私は
そんな気持ちになれる潤子がうらやましかったです。
そして私達は中学校を卒業します。
相葉君とは別々の高校に行きます。
ある日、智美がニコニコしながら言いました。
「この間学校から帰っているときに相葉君に偶然会ったの」
「へえ、元気そうだった?」
「元気というか背が高くてかっこよくなって大人になっていたよ。
なんといっても優しいの!途中まで一緒に帰ったんだよ」
あんなに相葉君のこと嫌っていた智美が喜んでいます。
相葉君がどんなに変わったのか気にはなったけど、
追いかけていって姿を見るほどは興味がなかったのです。
そして時は経ち、今度は23歳OLしてた時、
中学で私たちと同じクラスだった翔子が
私と同じビルに勤めていて時々話をしていました。
翔子は私と違うタイプで、クールで落ち着いた感じの女性でした。
そんな翔子がある朝私に言います。
「ね、相葉君て覚えている?中学が一緒だった・・・」
「うん、覚えているよ」
「昨日、飲み会に行ったら偶然会ったの!
めちゃかっこよくなってビックリしたわ」
「確かに前から可愛かったよね」
「可愛いんじゃないの、かっこいいの!」
翔子はめったに大袈裟にものを言わないし
クールなのに色めき立って話します。
私は大人になった相葉君に会ってみたかったのです。
頼んだら翔子は私も今度の飲み会に連れて行ってくれるでしょう。
しかし、その頃の私はコンプレックスの塊でした。
(こんな顔と姿でそんなにかっこよくなった相葉君には会えない)
それに翔子は美人で翔子のグループに私は全くなじめませんでした。
そして今度は34歳のとき、私は相葉君とすれ違うのです。
私の家の飼い犬が鎖を切って脱走し、保健所に連れて行かれ、
私はそれを取り戻すために保健所の事務所に手続きに行きました。
そしてドアを開けて外に出て行く背の高い男性とすれ違うのです。
その人の顔は全然見ていませんでした。
中に入って受付票を見て驚きました。
そこには相葉君の名前があったのです。
相葉君は理容室を開業するために手続きに来ていました。
さっきの背の高い男性は彼でした。
すぐに後を追っかけたら挨拶くらいは出来るかもしれない・・・
でもそのときの自分の汚い服装や髪を見て思いとどまりました。
数秒のすれ違い・・・私は会えない運命を感じました。
そして、やはり今に至るまで相葉君には会わないままです。
相葉君は同窓会には一度も来ませんでした。
彼の友達に理容室の場所も教えてもらったのに
すぐに忘れてしまいました。
会ったとしても何を今更話せばいいのでしょう。
相葉君の嫌がることばかり言って彼を傷つけていた私・・・
彼の中で私は、口の悪い意地悪な女として
印象付けられていると思います。
というか、もう忘れてしまっているかもしれません。
だって嫌なことは誰でも早く忘れたいものです。
このことを書くにあたり、古いアルバムを出して
相葉君の写真を探して見ました。
そしたら、その夜の夢に相葉君が出てきたのです。
何も言わないあどけない少年の相葉君。
私は大人になってかっこよくなった相葉君を知りません。
私は少年の相葉君に「あの時はいろいろ嫌なことを言って・・・」
と思いましたがそこは夢です、声が出ません。
目が覚めて私は題名を「ごめんね」に決めました。
きっと、もう会うことないからここで謝ります。
ごめんね。
終わり
この時点で相葉君は薄幸の少年と言ってもいいかもしれません。
幼い頃お父さんが亡くなって、
中学生になって意気揚々としていたら病気になって・・・
そのうえ、痔であることが口の悪い男子にばらされたのです。
「くそ!俺が何したっていうんだよ!」
この相葉君の言葉は私達に向けて言っているようであり、
神様・・・自分の運命を操る人間を超えた存在に向けて
叫んでいるようでもありました。
なのに、私はそれからもからんでくる相葉君をからかうのです。
さすがにもう病気持ちとは言えなくなりましたが、
代わりに「いぼぢ」「地主」とか言っていました。
そうしたら相葉君は憎まれ口をだんだん言わなくなります。
そのかわり黙ってジーッと見たり、
「あ・・・」と言って何か言いたげだったりします。
もちろん私にだけでなく数人の女子にしていました。
ある日私がノートに書いた詩を知らないうちに相葉君に読まれました。
「なかなかうまいこと書いてるじゃない」
「ふん、見ないでよ」
私は頭がカーッとなってノートを隠して
プイと横向くことしか出来ませんでした。
いつまでも顔がほてって胸がドキドキしていました。
そんな中、クラスで相葉君と潤子は付き合っていると噂が立ちます。
私はなんだか気になってしかたがなく、同じ掃除当番の潤子に聞きます。
しかし、ダイレクトには聞かずに
「ね・・・相葉君って潤子のこと好きだよ、きっと」
「授業中も潤子のことばかり見ていた」
と何気なく遠まわしに言いました。
そうしたら最初は笑ってごまかしていた潤子ですが
数日たって本当のこと教えてくれました。
やはり、付き合っているというのです。
二人は家が近所でした。
学校の帰りに潤子は相葉君の家に遊びに行っていました。
電話でもよく話をすると言っていました。
そして潤子に言われました。
「腎臓の病気になったとき、くやしくて泣いたそうなの。
もう身体のことでからかわないで」
「わかった・・・・」
私は約束しました。そして、
「相葉君が突然死んだら潤子、どうする?」
と聞きました。潤子は遠くを見て答えました。
「後追うことを試みるかも・・・」
潤子は真剣な顔で言い、私は少し驚きました。
この時代にそんな歌が流行っていたのです。
同世代のアイドル歌手山口百恵の「冬の色」です。
♪突然あなたが死んだりしたら私もすぐ後追うでしょう
15歳の恋愛は損得なく純粋なものだったようです。
付き合っている人もいなくて、ちょっと相葉君を好きだった私は
そんな気持ちになれる潤子がうらやましかったです。
そして私達は中学校を卒業します。
相葉君とは別々の高校に行きます。
ある日、智美がニコニコしながら言いました。
「この間学校から帰っているときに相葉君に偶然会ったの」
「へえ、元気そうだった?」
「元気というか背が高くてかっこよくなって大人になっていたよ。
なんといっても優しいの!途中まで一緒に帰ったんだよ」
あんなに相葉君のこと嫌っていた智美が喜んでいます。
相葉君がどんなに変わったのか気にはなったけど、
追いかけていって姿を見るほどは興味がなかったのです。
そして時は経ち、今度は23歳OLしてた時、
中学で私たちと同じクラスだった翔子が
私と同じビルに勤めていて時々話をしていました。
翔子は私と違うタイプで、クールで落ち着いた感じの女性でした。
そんな翔子がある朝私に言います。
「ね、相葉君て覚えている?中学が一緒だった・・・」
「うん、覚えているよ」
「昨日、飲み会に行ったら偶然会ったの!
めちゃかっこよくなってビックリしたわ」
「確かに前から可愛かったよね」
「可愛いんじゃないの、かっこいいの!」
翔子はめったに大袈裟にものを言わないし
クールなのに色めき立って話します。
私は大人になった相葉君に会ってみたかったのです。
頼んだら翔子は私も今度の飲み会に連れて行ってくれるでしょう。
しかし、その頃の私はコンプレックスの塊でした。
(こんな顔と姿でそんなにかっこよくなった相葉君には会えない)
それに翔子は美人で翔子のグループに私は全くなじめませんでした。
そして今度は34歳のとき、私は相葉君とすれ違うのです。
私の家の飼い犬が鎖を切って脱走し、保健所に連れて行かれ、
私はそれを取り戻すために保健所の事務所に手続きに行きました。
そしてドアを開けて外に出て行く背の高い男性とすれ違うのです。
その人の顔は全然見ていませんでした。
中に入って受付票を見て驚きました。
そこには相葉君の名前があったのです。
相葉君は理容室を開業するために手続きに来ていました。
さっきの背の高い男性は彼でした。
すぐに後を追っかけたら挨拶くらいは出来るかもしれない・・・
でもそのときの自分の汚い服装や髪を見て思いとどまりました。
数秒のすれ違い・・・私は会えない運命を感じました。
そして、やはり今に至るまで相葉君には会わないままです。
相葉君は同窓会には一度も来ませんでした。
彼の友達に理容室の場所も教えてもらったのに
すぐに忘れてしまいました。
会ったとしても何を今更話せばいいのでしょう。
相葉君の嫌がることばかり言って彼を傷つけていた私・・・
彼の中で私は、口の悪い意地悪な女として
印象付けられていると思います。
というか、もう忘れてしまっているかもしれません。
だって嫌なことは誰でも早く忘れたいものです。
このことを書くにあたり、古いアルバムを出して
相葉君の写真を探して見ました。
そしたら、その夜の夢に相葉君が出てきたのです。
何も言わないあどけない少年の相葉君。
私は大人になってかっこよくなった相葉君を知りません。
私は少年の相葉君に「あの時はいろいろ嫌なことを言って・・・」
と思いましたがそこは夢です、声が出ません。
目が覚めて私は題名を「ごめんね」に決めました。
きっと、もう会うことないからここで謝ります。
ごめんね。
終わり